クロスマスイブ – III(2)

サンタクロースの看板が指し示した道をいくら進んでも、酒屋は見えてこなかった。街灯がぽつりぽつりとともる、薄暗い住宅街。そこは信吾の知らない道ではなかった。もうすぐ右手に公園がある。小さなマンションに隣接した小さなこの公園に、信吾が最後に来たのは、もう半年以上も前のことだ。

吸い寄せられるように足を踏み入れた公園に人気はなく、乾いた土を踏む信吾の足音だけが小さく聞こえた。公園の真ん中で立ち止まり見上げると、星のない薄明るい夜空が広がっていた。半年前のあの夜も、ここでこうして、夜空を見上げた。あの時信吾は笑顔で、空にはサッカーボールが浮かび、それがゆっくりと落ちていく放物線の先には、もう一つの笑顔があった。その笑顔はボールめがけてジャンプするのだけれど、目をつぶってしまうのでヘディングを空振りし、二人は声を上げて笑う。目つぶるなよ。つぶってないよ。つぶってるよ。日本代表がワールドカップ出場を決めたあの夜。喜びを押さえきれずに二人でアパートを飛び出し、ここででたらめにドリブルしたり、ボールを思い切り蹴り上げてふんわりクロス、などと言ってはしゃいだ、六月の夜。

冷たい風が、今は十二月だと信吾の頬を刺し、思い出の夜をどこか遠くへ運び去ろうとするように吹き過ぎる。あの笑顔も、あの喜びも、全てを枯葉のように吹き飛ばして。

目を閉じ風の冷たさをやり過ごし、また目を開けた信吾の視界に、夜空からサッカーボールが落ちてきた。記憶の中の夜空から落ちてきたようなそれは、地面で乾いた音をたててバウンドし、信吾から遠ざかるように向こう側へ転がって、ブランコの足元で止まった。公園の街灯の光を受けて冷たく光るそのボールは、間違いなく今、冬の夜の、現実の景色の中にあった。信吾が後ろを振り返ると、あの夜のそれとは少し違う、はにかんだ笑顔を浮かべた彼女が、そこにいた。

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