
ペナルティスポットにボールを置きながら、羽生はオシムとの会話を思い出していた。
「そろそろ本当の日本代表になる決心はつきましたか?」
「本当の…というのはどういう意味ですか?」
「日本代表の選手は、というか、この地球上のサッカー選手は、試合中に目から出す光線は使いません。もちろんルールブックに使ってはいけないとは書いていないですがね」
「光線って、まさかオシムさん、僕の正体を…」
「ハニュウが光線を使ってボールや相手選手をコントロールしていることを、私が気づいていないとでも?」
「…」
「だからといって勘違いしてもらっては困りますが、私がハニュウを代表に呼んだのは、その光線で相手選手を思うままに操るためではありません。私はハニュウに、一人のサッカー選手として期待している、ただそれだけのことです。それだけの実力があるからです。もちろん光線なんか使わなくてもという意味ですが」
「オシムさん…」
* (絶対に外すわけにはいかない。キーパーの目を見つめてちょっと光線を発射してやれば、それだけでもう相手は動けない。PKを決めるのは簡単だ。でもそれで本当にいいのか?光線を使ってPKを決めることは、サッカー選手としての僕に期待してくれているオシムさんを、そしてこの青いユニフォームを裏切ることにはならないか?…)
助走をとり、羽生はボールをキックした。両目を硬く閉じたまま。
* 「光線、使わなかったんだな。これでお前も本当の日本代表だよ」
(え?そうか、中澤さんは僕の正体を知ってたんだっけ)
「助かったわ、僕までキッカー回ってきたら、ほんまの加地大惨事やったわ」「相手のキーパー、たぶん手にアクリル板つけとったな」「体張って漫才のネタ作っちゃってもう」「また次、頑張ろうぜ。ただし今度外したら解剖な」
(みんな、ありがとう。僕もちょっとは人間らしくなれたかな…)

「人間とは失敗するものです。失敗するからこそ人間だとも言える。羽生はPKを失敗しましたが、それは彼が人間だからです。追われるウサギが逃げるのに失敗すればそれは死を意味するでしょう。しかしPKの失敗で人間は死にません。失敗から学んで成長できるのも人間だと思いますが、違いますか?」