クリスマス・パン (1)

「はぁ、はぁ、あかん、ここもケーキや…」

クリスマスケーキを買い求める客がレジに列をなしているパン屋を前に、加地さんは立ち尽くしていた。空いたパン屋を探して走り回る加地さんだったが、なにしろ今日はクリスマス、駅前の何軒かのパン屋はどこも同じような状況で、練習を終えお腹を空かせているチームメイトに一刻も早くパンを届けるにはレジに並んでいる暇などないし、それに今や日本代表として顔も名前も知れ渡っている加地さんが混雑しているパン屋に現れなどすれば、店内はパニックになるに違いなく、いまだパンを買えずにいるのだった。

困ったな、知ってるパン屋はこれで全部や。あとこの町でパン屋がありそうな所といえば、あの商店街か…。駅から少し離れた場所にある、古くからの商店街。その中にパン屋の一軒くらいあるかもしれない。加地さんは最後の望みを託して走り出した。

駅前ほどの人出はないけれど、商店街にも買い物客の姿は多く、スピーカーからはクリスマスソングが流れ、酒屋の店頭ではサンタに扮した店員がシャンメリーを宣伝し、おもちゃ屋には子どもへのプレゼントを選ぶ親たちの笑顔。通りはクリスマス独特の、浮き立つような雰囲気で満たされていた。

人にぶつからないよう少しスピードを落とし、通りの左右を確認しながらしばらく走ると、あった。何十年も昔からそこにあることがひと目で分かる、古びた店構え。ガラスの扉に消えかけた文字で、薄く“三田パン店”の文字。間違いない、パン屋だ。ガラス越しに見える店内は空いている。味がどうかはわからないけれど、もうこれ以上探し回る時間はない。加地さんは扉を押して店内に入った。

*  *  *

店は空いていた。っていうか、客は加地さんひとりだった。奥のカウンターにはコック帽をかぶった店主と思しき老人がヒマそうに座っており、天井の蛍光灯が一本、切れかけて点滅している。

「いらっしゃい」。ちらりと加地さんに目をやり無愛想に言う老人をよく見れば、頭にコック帽こそかぶっているものの、服装はなぜかジャージである。しかも中学生が体育の時間に着るような、色あせたイモジャージだ。やばい店に入ってしまったのか…?加地さんは素早く棚のパンに目を走らせた。“パンを買いに行く暦”がサッカー暦と同じ加地さんは、匂いと見た目だけでパンの味がだいたい想像できるようになっている。

(…大丈夫そうや。いや、それどころかものすごい穴場かもしれへんぞ…)

加地さんは早速メモを見ながらパンをトレーに載せ始めた。監督のチョココロネ、ヤットのメロンパン、バンは焼きそばパン、ミチはクリームパンと食パン(6枚切)…ってあいつ僕に家のおつかいまでさすんか!まあええわ。シジはポンデケージョ…って何度言ったら分かんねん、日本のパン屋にブラジルのパンなんか売って…って、あれ、売ってる。すごいなこの店。

注文されたパンを全てそろえ、カウンターの老人へ差し出す。老人は無言のままそれらを一つ一つていねいに袋に入れながら、ゆっくりとレジを打っていく。BGMもない静かな店内に、袋の音と年代もののレジの音が交互に響く。カサカサ、ガチャガチャ。

ふと老人の足元を見ると、履いているのはなぜか黒い革靴だ。コック帽に、ジャージに、革靴。どんな組み合わせやねん。ああそうか、食を扱うための衛生と、作業のための動きやすさと、お客様をお迎えするための正装が融合した、合理的なパン屋ファッションね、ってホンマかいな。

「あのー、ケーキは売ってへんのですか?」

沈黙に耐えかねて加地さんが聞くと、老人は顔を上げず有無を言わさぬ口調で答えた。

「パン屋はパンを売ってればええんや」

「あ、そうですね…」

再び沈黙。それにしても今どきクリスマスにケーキを売らないパン屋も珍しい。このじいさん、クリスマスが嫌いなんかな。そういえば店内にはクリスマスらしい飾りつけのひとつもない。そう思いあらためて店内を見回すと、しかしひとつだけ、なぜかカウンターの内側にひっそりと、小さなクリスマスツリーが置いてあるのだった。電飾などなく、申し訳程度に星型や球形の飾りを下げ、雪に見立てた脱脂綿を散らした、背の低いそれが、まるで隠すようにそこにある。

「あ、そのツリーって…」

「ツリーちゃう。盆栽。3240円」

「え?ああ、はい」

いつの間にかパンは二つのレジ袋に全て収まっていた。加地さんはお金を払っておつりを受け取ると、袋を両手に提げて店を出た。っていうか盆栽って、どんなボケやねん。

「まいど」

「クリスマス・パン (1)」への11件のフィードバック

  1. C・V・オールズバーグに絵本書いてもらいたいようなストーリーです。

  2. 久々に加地さんの「パン」ネタでしたね
    なんか泣けてきます(ウルウル〜〜〜)
    後輩が出てきているというのに
    加地さんはまだ「パン係」なんですね
    いつになったら開放されるんでしょうか???

    それにしてもみんなのパンの好みバラバラですね
    ちなみに私は「クリームパン」が好きです
    加地さんは何が好きなのかな?

  3. 加地さんの心の中を覗いてるようで、なんだか切ないです〜。
    加地サンタさん、パンはいらないのであと2勝お願いしますね。

  4. merry christmas♪
    心温まるお話をありがとうございます!
    プププ、盆栽!
    さいたま在住が長かったので反応してしまいました!5億円也!

  5. メリークリスマス!!
    タイトルが一瞬「クリスマス・バン」に見えて、加地さんと播戸さんの心暖まる話を勝手に想像してしまいました。

  6. Merry Christmas!

    ? kajidaisanjiさんのクリスマス小説なんですか?
    う〜ん、心温まりますね、誰もが「クリスマスだから・・・」という気持ちいつも持ってるといいんですよね。

     昨夜は信者でもないのにクリスマスミサに参加して神父様に祝福してもらいました。
    新ネタいっぱいに会えたのも祝福のお陰かも・・。

    kajidaisanji さん、連休で一気に!ですね。

  7. 家の近くに、こんな感じのパン屋さんありますよ。
    ちょっと買う気がしなかったけど、入ってみようかな・・・盆栽は無さそうだなぁ〜。
    ポンデケージョは絶対無いなぁ。さよならシジ。

  8. メリークリスマス☆
    さすがイケメン監督、チョココロネは少しクリスマスに合いますね。バンちゃんの焼きそばパンってなんかすごく昭和な・・・そういえば、昔はシャンパンといえばシャンメリーだと思ってた。そんな私も昭和の女。

  9. クリスマスも終わり明日は天皇杯準決勝です
    加地さんの大賛辞を期待します

    アバタ―も年の瀬を感じますね

    加地さんの家のお手伝いするのかな???

  10. >>ゆもさん
    カジ・ジュマンジ・ダイサンジ。

    >>ときさん
    誰を何パンにするか悩みましたが、監督のチョココロネはすんなり決定しました。

    >>あけみさん
    将来もし代表監督になったとしても、選手たちのパンを買いに行きそうです。

    >>☆h〜k☆さん
    勝ち星よりパン優先の加地さんでした…

    >>ままさん
    たぶんこのパン屋の盆栽は500円くらいです。

    >>nyamさん
    では来年は「クリスマス・バン」を書きます(たぶん忘れてる)

    >>bellさん
    みんながちょっとだけ優しくなれる日、というのが私の理想のクリスマスです。

    >>プリンさん
    実はパン屋の主人のモデルは、以前近所にあった古いケーキ屋のご主人です。本当にコック帽&イモジャージ姿でした。

    >>kajina07さん
    今でも毎年クリスマスはシャンメリーで乾杯する我が家です。

    >>あけみさん
    加地さん、掃除とかは手伝わなそうな気がします。加地ちゃんたちの世話は一生懸命やりそうですが。

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