クロスマスイブ – II(2)

まあとりあえず、と父親はため息まじりに言った。
「明日スポーツショップで代表のユニフォーム買ってくるよ。背中にKAJIって入ったやつ。だからお前、一応、練習しておいてくれ」
「してるわよ。でもね…夢を与えるためとはいえ、嘘をつくのって、どうなのかしら。私が書いたって知ったらきっと、悲しむわよ」
傍らのメモ用紙に筆記体でK、a、j、i、と何度も書きながら、母親は答えた。
「それを言ったらお前、サンタクロースが来たってこと自体嘘なんだからさ…」
それもそうだけど。母親の右手は別の生き物のように動き続け、深夜のダイニングにペンの音を響かせている。
「しかしさ、よりによってなんであこがれの対象が加地なのかね。駿だからシュンスケとか、そうじゃなくても他にいるだろ。学校で流行ってるのか、加地?」
手を止めた母親が顔をあげ、あきれたような表情で首を横に振る。
「駿、学校でもからかわれてるみたいよ、加地なんて下手くそじゃないか、って。それでもなぜか、好きなのよね。加地さん加地さんって夢中だもの。公園じゃドリブルもシュートもしないで、クロスばっかり練習してるわよ」
メモ用紙を埋め尽くしたKajiの文字。
「ふーん。ま、三都主にあこがれて転ぶ演技の練習してるよりはいいけどな…」

「ねえママ、祐くんがね、マンションに煙突がないんだからサンタさんなんか来るわけないって。やっぱりサンタさんいないのかな…」
キッチンで夕食の準備をする母親のエプロンを引っ張り、不安そうに駿が聞く。
「うーん、うちはベランダから入ってくるんじゃないかな、たぶん」
「そっか、じゃあベランダ見張ってる!」
窓に駆け寄ってカーテンを全開にする。
「ダメダメ、もうお外暗いからカーテンは閉めておいて。それに駿が見張ってたらサンタさん来れないよ。ね。」
「そっか、そうだね。あー、サンタさん、ちゃんと加地さんのサインもらってくれたかなあ」
母親はサラダを作りながら考える。おもちゃ屋では売っていない、加地選手のサインをリクエストしたのはもしかして、駿がサンタクロースを、いや、私たちを試しているのかとも思ったけれど、そうではないみたいだ。駿はまだサンタクロースを信じている。少なくとも、信じたいと思っている。できればもう少し大きくなるまで、信じたままでいさせてあげたいけれど…。
「パパ、遅いね。ケーキ、楽しみだね」

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